ワーホリで英語は上達しない!95%の人が伸びない理由とは!?

どこかでこんな話を聞いたことがある。

ワーホリをした日本人の95%は英語を話せるようにならない

自分自身、ワーホリをしたことはないが、世界一周中に何人ものワーホリ経験者に出会って、この数字には妥当性があると感じている。
 

ちなみにワーホリを知らない人のために、ワーホリとは、、、

ワーキングホリデー(ワーホリ)はビザの種類の1つであり、ワーキングホリデーの定義は、「二国間・地域間の取決め等に基づき、各々が相手国・地域の青少年に対して、休暇目的の入国及び滞在期間中における旅行・滞在資金を補うための付随的な就労を認める」となっています。

簡単に言うと外国に長期滞在が出来て、かつ働くことができるビザだ。
 

このビザでニュージランドやオーストラリア、カナダなどに長期滞在し、働きながら英語を学ぶというのが、多くの日本人のワーホリのスタイルとなっている。
 

では、英語圏で生活しながら「95%の日本人が英語を話せるようにならない」とはどういうことだろうか?
 

※ここでいう「英語を話せる」とは簡単な日常会話ではなく、仕事で難しい契約書を読めたり、字幕なしで洋画を理解できるレベルと定義する。

ワーホリで英語は上達しない!?なぜ、ワーホリをした日本人の95%は英語を話せるようにならないのか?


自分がサラリーマンを辞めて世界を周っている時に、とある国で2人の日本人女性のバックパッカーに出会った。
 

2人とも自分と同じように仕事を辞めて、世界を1人で周っている最中だった。
 

仮に2人をAさんとBさんとしよう。
 

Aさん
年齢:28歳
学歴:大学卒(大学時代にアメリカに1年留学経験あり)
前職:OL(英語は特に使わない)
英語力:TOEIC950点以上で、英語ネイティブに交じって会話できるレベル
Bさん
年齢:28歳
学歴:大学卒(大学時代にアメリカに1年留学経験あり)
前職:OL(英語は特に使わない)
英語力:日常会話程度

2人とも大学卒業は、あまり英語に触れる機会はなかったそうだが、同じような経歴の2人でも、英語力には天と地ほどの差があった。
 

その2人の英語力を分けたのは大学時代の留学。英語力に差をつけた大きな理由が、2人の会話から読み取ることができた。

Aさん
私がいた場所は、アメリカの超ど田舎だったから、日本人いなくて、最初の頃は言葉が通じず毎日つらくって泣いていたよ
 

Bさん
私はアメリカに1年いたけど、周りに日本人が多かったから、いつも一緒にいて、毎日一緒にいろんなとこ出かけて楽しかったな
 

この会話から、2人の英語力を分けたのものが読み取れるだろう。
 

それは「環境」だ。
 

英語に関わらず、外国語を取得するには、最初のうちは語彙力も少なく、意思疎通が十分にできない。
 

コミュニケーションにおいて、「相手の言っていることがわからない」「自分の言っていることが通じない」というものほど不愉快なものはない。
 

そうすると自然と意思疎通が楽な人間、日本人にとっては日本語がわかる人間と固まりやすくなる。
 

ワーホリで例えるのなら、

1.英語を取得しようとなるべく日本人ではなく外国人とコミュニケーションを取ってみる。
2.意思疎通が出来ず、あまり外国人と絡まなくなり、日本人同士で固まりがちの毎日になる。
3.1年後、気づいたら英語をほとんど取得できず、日常会話がやっとのレベルで帰国。
 

これが95パーセントのワーホリ経験者の実態だろう。
 

これはワーホリだけでなく、最近流行りのフィリピンへの英語留学でもまったく同じことが言える。
 

95パーセントのワーホリ経験者やフィリピン留学経験者はまともに英語を話せるようにならないのだ。

英語が話せる残り5パーセントになるには?


自分はサラリーマンを辞めて、世界を周っている最中に、フィリピンに三ヶ月間、英語取得の為に留学した経験がある。
 

そのフィリピン留学時に、同じ学校に少し変わった女の子がいた。
 

彼女をCさんとしよう。
 

Cさんは「私はここに英語を学びに来ているの。例え、同じ日本人同士でも英語で話しかけるから」入学初日に彼女は、そう言うと本当にその通りに実行した。
 

そうすると日本人以外のクラスメートが彼女の周りに集まりはじめた。
 

しかし、同じ日本人はどうだろう。
 

彼女を「変わり者」として、ほとんどの日本人が彼女に近づかなくなったのだ。
 

今でも、年に何回か留学時代の仲間と同窓会のようなことをするが、彼女が呼ばれることない。
 

日本人の「同調性を求める」文化の中では、彼女のような行動は異常と見られ、距離を置かれてしまうのだ。
 

同じ様に、世界一周中に出会った「ワーホリ経験者で英語が話せる」5%の人たちは、みんな日本人のコミュニティから距離をおいた人たちだった。

・カナダの田舎で外国人相手にスキーのインストラクターをしていた。
・タスマニア島で欧米人相手にツアーガイドをしていた。
 

勇気を持って日本人のコミュニティから出てみる。
 

本気で英語を話せるようになるには、そのくらいのストイックさが必要なのかもしれない。
 

ワーホリや留学で日本人同士で行動を共にするのは、悪いことではない。慣れない海外生活では、ホームシックやストレスもある。そんな時に、心の支えになってくれるのは、やはり同じ日本人だ。
 

しかし、本気で英語を話せるようなりたいなら、Cさんほどストイックにならなくとも、ある程度、日本人と付き合いを限定しなければ英語を身につけるのは不可能なのだ。

英語が上達しないなら、ワーホリは意味がないのか?


※スラムダンク22巻、安西先生のセリフより

それでは英語が話せるようにならないなら、ワーホリは意味がないのか?
 

結果的に、英語の取得を目的にワーホリに行ったにもかかわらず英語を話せるようにならなくても
「毎日、遊びまくって楽しかった」
「海外生活を経験してみたかったので行って良かった」
「向こうで出会った日本人と付き合うことになった」
といった風にワーホリをエンジョイした人は大勢いる。
 

以前に、他の記事に書いたが、日本の企業は「ワーホリ」の経験をプラスの評価にしない。「ワーキングホリデー」つまり「所詮、ホリデーだから」という理由だからだ。
 

しかし、たとえ就職には結び付かなくとも本人が「行って良かった」と思えたなら、それはそれで意味のあるものだと思う。
 

自分は30歳の時に日本のサラリーマンを辞めて、世界を周る旅に出た。その経験はテクニカルに、その後のキャリアに結びつくものではなかったが、世界中に出来た友人たちは、その後の自分の人生に大きな彩りを加えてくれている。
 

赤の他人が勝手に「ワーホリに行く意味がない」「ただの遊びだ」と否定することも意味付けするのも間違っている。
 

日本では、ワーホリで英語を話せるようにならずに、帰国したなら「ただ遊んでいただけ」と見られがちだ。
 

しかし「遊び」=意味のないこと。その様に考える日本人の感覚こそ、改めるべきものだろう。
 

本当に「ただ遊んでいただけ」だったとしても、それを自分の人生に意味があるものだったと決めるのは、他ならぬワーホリに行った本人だ。
 

・「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言った言葉に代表される様に、苦しいことや辛いことにしか価値や意味を見出せない。
・他人のことが自分のこと以上に気になって、口を出したくてたまらない。
 

この様な日本人の思考法や価値観こそ改めなければならない。
 

しかし、やはりワーホリについてどう議論しようともワーホリをした日本人の95%は英語を話せるようにならないというのは他ならぬ事実でもある。

最後に

この記事をまとまめると以下のようになる。

・ワーホリをした日本人の95%は英語を話せるようにならない
・例え、英語が話せるようにならなくても、本人がワーホリに行って良かったと思えたならOK
 

さて、最後にこの記事に登場したAさんとCさんは、その後どうなったのか。
 

Aさんは世界一周後、得意の英語を生かして、とある新興国にある超有名外資系に就職し、弱冠30歳で経営企画部長をしている。
 

Cさんもフィリピン留学で培った英語で、ヨーロッパのとある国に移住し、現地で結婚し、結婚生活のリア充っぷりをFacebookやインスタで見せつけている。
 

やはり、英語が上手くなりたいと必死で努力したものには、それなりの結果が付いてくるのだ。

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