マウンティングは日本人に多い!?その心理と撃退方法を伝授する


大学時代の知り合いにこんな男がいる。
 

就職活動中、自分が44社連続で失敗していると・・・

就職活動なんて10社受ければ十分じゃない!?
 
 

社会人になると、大手に就職した自分に向かって・・・

いいな〜。大手企業は。自分はベンチャーだから責任ある仕事を任せられてさ〜。大変だよ。
 
 

結婚すると、独身の自分に向かって・・・

いいな〜。独身は遊べてさ〜。既婚者は自由がないよ。
 
 

このように会う度に、「マウンティング」をしてくるのだ。
 

自分はもうすぐ海外に住んで5年になる。その中で、様々な国籍の人と知り合う機会があったが、海外の人達は総じて、このような「マウンティング」が少ないと感じる。(もちろん、全くない訳ではない)
 

それはなぜか?
 

今回は「マウンティング」が日本人の間に多いと思う件と、その心理から撃退方法までを考察してみたいと思う。
 

 

日本人はマウンティングが多い!?その理由と心理とは?


まずマウンティングとは何か?
 

そこから、おさらいしていこう。
 

マウンティングとは?
サルがほかのサルの尻に乗り、交尾の姿勢をとること。動物社会における順序確認の行為で、一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して、攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりする。大辞林 第三版より
 

どうやらマウンティングとは、猿レベルの動物で行われる順序確認の行為らしい。
 

自分は1年半ほど、バックパッカーとして世界を周った関係で、様々な国籍の友人がいる。
 

彼らを見ていると、日本人の様なあからさまなマウンティングは少ない。
 

もちろん、海外にもマウンティングは存在し、特に見かけるのは、女性同士が「パートナーがいかに自分を愛してくれるか?」と言った類のマウンティングだ。
 

だが日本の場合は、この女性の「パートナーがいかに自分を愛してくれるか?」と言った類のマウンティングでも、そこからパートナーの「学歴」「勤務先」「年収」と言った広範囲までにマウンティングが及ぶ。
 

日本人の間では、海外と比較して、マウンティングの範囲となる対象がとても広いのだ。
 

それはなぜか?理由は2つある。
 

日本人の間でマウンティングが多い2つ理由

1つ目の理由は、日本人の中にある「人の幸せの形はみんな同じ」という思い込みだ。
 

日本人の中には、共通の理想とされる人生のロールモデルが存在する。
 

より良い高校、より良い大学、より良い会社、より良いパートナーと結婚、より良い学校へ子供を〜以下省略〜
 

この様な人生を歩むことが、最良で幸せとされる。
 

この日本人の思考回路にインプットされている「人の幸せの形はみんな同じ」という思い込みが、日本人のマウンティングを引き起こしているのだ。
 

主婦
私は結婚出来て幸せ。だから、独身の人はかわいそう・・・
 

サラリーマン
俺は大手に勤めていて年収も高い。だから、中小企業に勤めて年収の低い人間は俺より下だ。
 

「人の幸せの形はみんな同じ」という日本の教育や文化によって、プログラムされた思い込みにより、日本人は常に誰かと自分を比較しては、「周りが決めた幸せの基準」を自分は満たしているか不安になり、安心を得るためにマウンティングを繰り返している。
 

2つ目の理由は、「満たされにくい承認欲求」だ。
 

常に周囲と同じ歩みを求められ、それが当たり前の日本文化の中では、「人を褒める・人に褒められる」という文化が育ちにくい。そのため、満たされない承認欲求を抱えて悶々と生きている人間が多い。
 

その消化されない承認欲求が、日本人を拗(こじ)らせ、マウンティングを引き起こすのだ。
 

会社でも家でも居場所がない中年サラリーマンが、若手を飲み会にかり出し、昔の武勇伝を語るのは典型的な例だろう。
 

中年サラリーマン
俺の若い頃はなぁ〜。今のお前らと違って〜(以下略)〜
 
 

一方、海外の多くの国では、多種多様な人種が存在し共存しあっている。そのため「人はそれぞれ違う」という価値観を持っており、自分と人を比べることは少ない。
 

サルがキリンやゾウと言った違う動物にマウンティングをしないのと同様に、「人はそれぞれ違う」という前提条件があるからこそ、マウンティングが少ないのだ。
 

マウンティングしてくる人間は人としてヤバい


ここまで日本人のマウンティングが多い理由とその心理を語ってきたが、そもそもマウンティングとは、サルが行う行為とされる。
 

我々人間は、サルではなく社会的動物である。
 

承認欲求を満たすために、相手をダシに使って快感を得るという行為自体、もはや知的な人間がやる所業ではない。
 

マウンティングをしている人間は、マウンティングをすることで、人間関係に亀裂が走ってしまうというリスクへの想像力が欠如してしまっているのだ。
 

理性があり知的な大人は、きちんとこのことを理解しており、マウンティングなどすることはない。
 

サルではあるまいし、自分の快感のために、マウンティングをするような人間に大した者はいないと言えるだろう。
 

冒頭で言及した「大学時代の知り合い」は友人も多くはないし、結婚してもすぐに奥さんに愛想を尽かされ逃げられている。
 

自分が「大学時代の友達」ではなく「大学時代の知り合い」と書いたのも、距離を置きたい関係だからだ。
 

以前、老人ホームに勤務している人から聞いた話がある。
 

老人ホームに入居している人達は2つのタイプに分かれるという。
 

1つは友人がひっきりなしに訪れる人。
2つめは誰も友人が訪れない人。
 

マウンティングを行なっている人は、今は会社や学校という強制力のある人間関係の中にいるため、孤独を感じる人は少ないだろう。
 

だが、その檻から出た時、承認欲求を満たすために、相手をダシに使ってきた人間の周りに集まる人など存在するのだろうか?
 

マウンティングしてくる人間の撃退方法


では、マウンティングをしてくるサル人間に対して一番良い方法はなんだろうか?
 

まず日本人がマウンティングする理由からおさらいしよう。
 

日本人がマウンティングする2つの理由
・「日本人の幸せの基準」を自分は満たしているか不安。安心が欲しい。
・「人を褒める・人に褒められる」という機会が少ないため、承認欲求が満たされにくい。

これらを鑑みて、一番良い対処法は「お前の人生が羨ましい」と相手の承認欲求を満たして、安心を与えてあげることだ。
 

しかし、口に出すのは簡単だが、その人達の醜いドヤ顔に我慢ならない人も大勢いるだろう。
 

その場合は・・・

ごめんね。言いたいことはわかるけど、あなたの人生を羨ましいと思ったことは1秒もないの。
 

と言った具合に、そのサル人たちが理解できるか保証できないが、「人の幸せの形はみんな違う」ということを教えてあげるのも1つの手だ。
 

いずれの撃退方法も使っても、忘れてはいけないのは「理性があり知的な大人はマウンティングなどはしない」ということ。
 

大人になれば、親しく付き合う人間を選べる。自分の周りの人間関係は、知的で理性があり、精神的な苦痛を与えてこない人を置いておきたい。
 

そういった意味で、マウンティングをしてくる人間とは距離を置き、一切関わらないのが精神衛生上、最善策であるだろう。
 

 


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