同窓会とは自慢とマウンティングを武器に格差を見せつけ合う戦場だ!


友人と会う時に、どの様な基準で優先順位をつけているだろうか?
 

自分は来週から数日間、日本に一時帰国する予定があるので、日本に住む友人達と会う計画を立てている。
 

海外に住んでいると日本に帰った時に会える友人は、時間の関係上限られてしまう。そのため、会う友人にある程度、優先順位をつける。
 

友人に優先順位をつけると言うと何だか冷たい感じもするが、時間は有限で何よりも貴重な資産だ。
 

無意味な見栄の張り合いや愚痴の言い合いで貴重な時間を消費するなら、そんな人間関係は見切りをつけた方が絶対良い。
 

「学生時代からの友人だから」「付き合いの長い友人だから」と言う理由だけで、ダラダラと付き合っているのなら、はっきり言って、それは時間の無駄だ。
 

そして、その時間の無駄となる最たるものが、自慢とマウンティングを武器に格差を見せつけ合う「同窓会」という名の戦争なのだ。

 

自慢とマウンティングを武器に格差を見せつけ合う。それが同窓会。

貴重な時間を無駄にしている人間関係、そのうちの一つが学生時代のクラスメートと久しぶりに会う「同窓会」だ。
 

以前の記事にも書いたが、自分は3年遅れで大学に入学して就職をしている。
 

→その時の記事はコチラ:引きこもりニートが大学受験!目指せ人生逆転!!
 

自分がフリータや浪人の時、周りはみんな大学生。大学生の時は周りはすでに社会人になっていた。
 

そのため、就職するまでは高校からの同窓会の誘いは全て断っていた。
 

当時の自分は元クラスメートに対して引け目を感じており、自分に自信がなく劣等感や同級生との格差を感じたくなかったからだ。
 

しかし、20代後半の頃に1度だけ高校の同窓会に参加したことがある。
 

その時は大手企業に勤めていたし、年収もそこそこもらって、運よく出世街道にも乗っていたので、自信を持って参加することが出来た。
 

しかし、その同窓会も終わってみれば、現在の状況を報告し合うだけの「見栄を張り合う場」でしかなかった。
 

同窓会に参加して自分の中に残ったものは、人と比べてまあまあ順風満帆な人生だなという優越感と満たされた自己承認欲求だけ。
 

20代前半であれば、いかに有名な大学に進学したか。

20代後半であれば、いかに有名な企業に就職したか。

30代以降は、結婚、子育て、出世 etc
 

同窓会と言う名の自分アピールの場で、いくつになっても続くマウンティング。
 

いかに自分が日本人の理想とされる「レール」の上にキレイにうまく乗っているかをアピールする世界。
 

良い大学、良い会社、結婚、出世、マイホームと1つの「理想の生き方」を絶対的なものとみなす日本社会では、同窓会が見栄を張る場になる傾向が強い。
 

結局、日本の同窓会とは「レール」の上にキレイに乗った人間が優越感を感じ、承認欲求を満たす場でしかないのだ。
 

同窓会には参加するな!時間は貴重な資産という意識を持つべし!


そんな同窓会に参加して、見栄の張り合いをしている時間は本当に無駄だ。
 

時間は何よりも貴重で、誰にも平等に割り振られた資産だ。この時間の使い方次第で人生が決まると言っても過言ではない。
 

今までに香港とシンガポールに住み、様々な国籍の人と仕事をしたことがあるが、ほとんどの人が残業をせずに定時に帰宅する。
 

そして、このアフター5の自由に使える時間を自分のために投資しているのだ。
 

語学、エクササイズ、プログラミング、資格の勉強。毎日4〜5時間、この自由に使える時間を自分の市場価値を上げるために使っている。
 

これが1ヶ月、1年と続いたら、容易に埋めることのできない大きな差となるだろう。
 

彼らは「時間は資産」というのは常に意識しているのだ。

関連記事:海外の残業の考え方。残業を減らすと人生はこんなに変わる!
 

しかし、一方で日本人には「時間は資産」と言う意識が希薄なところがある。
 

ダラダラと無駄に長い会議。

意識決定までの無駄に長い承認ルート。

仕事の速さよりどれだけ残業したか(時間を浪費したか)で測られる評価基準。
 

確かに日本人は納期や始業時間をきっちり守るし、交通機関のタイムスケジュールは世界No.1の正確さだ。
 

しかし、日本人の場合、その時間の正確さは「時間は資産」という考えからくるものではない。
 

日本人の時間の正確さは、「人に迷惑をかけるな」と言う子供の頃から叩き込まれる教育から来るものなのだ。
 

「人に迷惑をかけるな」と言うことで、「自分がどうしたいか」より「他人がどうしたいか・どう思うか」を優先しなければならない行動規範のようなものが、確かに日本社会には存在する。
 

数十秒、出発時間が遅れただけで謝罪する鉄道会社。

日本人のSNSに頻繁に見られる「不快にさせたらごめんなさい」というコメント。

周りが残っているからと帰りにくいと感じるサラリーマン。
 

どれも異常なまでに、他人の眼や言動を気にする日本人の価値観から来ている。
 

日本人の時間の正確さは、決して日本人が「時間は資産」と考えているからではないのだ。
 

自慢やマウンティングをしてくる人間とは距離を置け!


「時間は資産」と考えるならば、自慢とマウンティングで格差を見せつけ合う場となっている同窓会は、参加するだけ無駄な時間を過ごすことになる。
 

常に周囲と同じ歩みを求められる日本の文化の中で育つと、人に褒められるという機会が少なく、満たされない承認欲求を抱えて悶々と生きている人が多い。
 

そのため、様々な種類の人生を生きている人が集まる同窓会は、満たされない承認欲求を抱えている人間が格差を見つけて優越感に浸れる絶好の場なのだ。
 

そもそも、理性があり知的な大人はマウンティングなどはしない。例え、相手が学生時代からの古い付き合いでも、そのような行為をして来る人間とは関係を断ち切きた方が良いだろう。
 

ついつい付き合いが長いとそれだけで貴重な関係と錯覚してしまうが、彼ら彼女らの承認欲求を満たすために自分の貴重な時間を使う必要などない。
 

また同窓会だけでなく、貴重な時間を有効に使うため、常日頃から自慢やマウンティングをしてくる人間とも距離を置いた方が良いだろう。
 

自身の精神衛生上のためにも、またより高みを目指すためにも、人間関係の断捨離はとても重要なのだ。
 

収入の格差や結婚、子供の有無など、たとえ時間が経ってお互いの環境が変わっても、見栄を張り合う必要がなく、お互いが損得なしで信頼できる。そんな関係の友人が1人でもいれば良い。
 

同窓会に来る人間が、全員これらに当てはまれば、同窓会も有意義なものになる。しかし、そんなことは不可能だ。
 

友人は決して多くなくていい。本当に心から会いたいと思える人だけを大切にしよう。


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