独身が寂しい、辛い、生きづらいと思ったら・・・


日本に一時帰国して、知り合いと再会すると必ず言われる言葉がある。
 

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何で結婚しないの?
 
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独身は寂しくない?
 
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早く結婚して、こっちの世界においでよ〜
 

この様に、既婚である知り合いがドヤ顔で優越感に浸ってくるのだ。
 

海外の友人からは、欧米出身は元より、日本と近いアジア圏の友人ですら、この様な事を言われることはほとんどない。
 

海外の友人達の話を聞くと、彼らの親世代(40代〜)は未だに「独身<既婚」という価値観を持っている人達もいる様だが、生き方の幅が広がった現在、20代や30代の多くはその様な価値観を持ち合わせていない。
 

一方、日本では冒頭の様に、20代や30代ですら未だに「独身<既婚」という価値観を根強く持っているのが大勢いる。
 

なぜ、日本では「独身」というだけで、こんなにも蔑まされなければいけないのだろうか?
 

一時帰国の時ですら、こんなに煩わしい思いをするのだから、日本で「独身」という身分で生活している人はとても生きづらい思いをしていることが容易に想像できる。
 

だから、今回は日本で「独身」であるが故に、様々な不快な思い、嫌な思い、寂しい思い、生きづらい思いをしている方々のために、外から見たら異様な日本の価値観について筆を取ろうと思う。

 

独身を負け組と呼ぶ日本人の3つの問題点

まず「独身」の方々に意識して欲しいのが、日本を取り巻く異様な価値観だ。
 

「独身」でいると多方面から色々と圧力があると思うが、それは日本の特殊な環境によるものということをまずは理解しておいて欲しい。
 

日本では「独身」という状態に対して、異常なまでに風当たりが強い。
 

たとえ恋人いようが、人生を楽しんでいようがそんなことは関係ない。婚姻届という紙切れを役所に提出することが何よりも重要視されるのだ。
 

この紙切れが役所に未提出だと「負け組」とさえ呼ばれ、あたかも「既婚」という状態が国民の義務化のような空気が日本にはある。
 

数十年前なら未だしも、これは現在の先進国や宗教などで強い縛りがない国々では見られない異様な状態だ。
 

この異様な価値観は、日本人の根深い3つの問題を浮き彫りにしている。まずはそれらを順々に紐解いて行こう。

問題点その1. 思考停止している日本人


未だに多くの日本人は下記の様な人生を理想な生き方と捉えている。
 

多くの日本人が理想とする生き方
・より良い学校に進学
・より良い会社に就職
・結婚・出産
・ローンを組んでのマイホーム購入
・1つの会社を勤め上げ、定年後は悠々自適な年金生活

グローバル化による世界の均一化、日本の世界での立ち位置、家族のあり方、女性の地位、セクシュアルマイノリティなど多くのものが時代の変化と共に変わっているにも関わらず、昭和の時代から日本人の理想の生き方は頑として変化していない。
 

正確に言うと変化していない訳ではなく、多くの日本人はマジョリティーな考え方に右倣えしているだけで、自分自身の考えを持ち合わせていないだけなのだ。
 

その証拠に「なぜ独身が負け組なのか?」「なぜ結婚しなければならないのか?」という問いに、明快かつ論理的に答えられる日本人はどのくらいいるだろうか?
 

「周りがしているから」「常識だから」と言った他人を軸とした答えしか持ち合わせていない日本人がほとんどなのだ。
 

自分で物事の本質を考えることをせず、「みんな、やってるから」と何十年もの間、思考停止している日本人がとても多い。
 

その他大勢に右倣えの思考法を持つ日本人は、外から見ると「世間様」というモノを神のように崇める「日本」という名の巨大な宗教団体の熱心な信者の様に映る。
 

時代の変化を読むことに長けているはずの30代や20代でさえ、この生き方を信仰している信者達の同調圧力によって、思考停止になっているケースも多い。

問題点その2. 多様性を認めない日本人


今のグローバルな世界で地球人として生きて行くには「多様性」というのが避けて通れないキーワードとなっている。 

人種、民族、宗教、性別。

今まで存在した、それらの違いによる差別をなくして、少数派を含めてお互いを認め合おうと言うのが「多様性」だ。
 

白人中心だった国に黒人の大統領が誕生し、各地で女性のリーダーが誕生して国を引っ張り、セクシュアルマイノリティが堂々と自己主張できる。10年前までは、想像もできなかったことが、当たり前となり、世界がかつてない速さで動いている。
 

それに対して、日本人の頭の中はどれだけ変わっただろうか?
 

目まぐるしい変化に対して、思考を巡らせ、自身の価値観や考えを最新のものにアップデートしている世界の人々に対して、どれくらいの日本人が同じことが出来ているだろうか?
 

今後、労働力が減少する日本では、多かれ少なかれ外国人移民が確実に必要になる。そんな時に世界の流れについて行けてない根拠の乏しい昔のままの一律の価値観で良いのだろうか?
 

日本人は移民政策の話をする時、移民の受け入れを拡充すれば、多くの外国人が喜んで来てくれるという前提で話を進めている。
 

しかし、それは大きな間違いだ。
 

自分のパートナーは中国・上海出身で、日本を観光するのは好きだが、日本に住むことには躊躇している。
 

彼女が日本に住みたくない理由は「長時間労働」と「女性の地位が低い」ことだ。
 

ここ香港でも日本の「長時間労働」や「過労死」は有名で、日系企業に勤務していた香港人の友人が、日本への一年間の研修が決まり、日本へは行きたくないと転職をした。
 

日本人の一人として、これほど悲しいことはない。
 

「日本に来るなら日本の価値観、常識に従え」という声もあるだろうが、その価値観や常識自体が、日本人が「周りがそう思っているから」「常識だから」と考えることを辞めて、アップデートを怠ってきたものなのだ。
 

その証拠に「ワークライフバランス」「女性のリーダー」「転職の年齢差別の撤廃」と言った世界では当たり前になったトレンドが、日本では全く出来ていない。
 

結婚に関しても同様だ。欧米はもちろんのこと、日本と同じアジアの台湾・香港・中国(田舎は除く)でさえ、最近では、籍を入れないカップルや独身でも人生を謳歌するライフが生き方の1つとして認められている。
 

当然、そこに勝ち負けと言ったものは存在しないのだ。

問題点その3. 常に他人と比較している日本人


「みんな、やってるよ?」
 

日本に住んだことのある人なら、必ず言われたことがあるセリフのはずだ。
 

日本人以外なら「だから何?」となる何も変哲のないこのセリフも、日本人にとっては強力なマジックワードになる。
 

「一億総中流」という言葉があるように、日本では「いかに周りと同じように振る舞うか」が求められる。
 

周りと同じように振る舞うことで、社会的に評価され、周りと同じように振る舞うことができなければ批判の対象となるのだ。
 

既婚者よりも充実した人生を送っていても「独身」だったり、誰より結果を出しても、みんなが残業している中で、定時で帰宅したら全く評価されない。
 

また「周りがしていることをしない」だけでなく、「出る杭は打たれる」という言葉があるように「周りが出来ないことをしてしまう」というのも批判の対象だ。
 

プライベートジェット機で彼氏と海外旅行などの写真をSNSに投稿しようものなら、完膚なきまで徹底的に叩かれる。 

周りと足並みを揃えないことは、すべて批判の対象となってしまう。
 

そのため日本人は・・・

周りが何をしているかが常に気になる。
周りに自分がどう見られているかが常に気になる。
自分が何をしたいかより、周りがどう思うかが気になる。
常に思考の中心に自分ではない誰かがいる。

これが現在の多くの日本人の生き様なのだ。

独身が寂しい、辛い、生きづらいと思ったら・・・


ここまでで、日本とはいかに特殊な場所かということがわかっていただけたと思う。
 

「独身」であることに生きづらさを感じる理由は、「独身」という状態に問題があるのではなく、日本人の価値観の方に問題があるのだ。
 

これまで述べてきたように多くの日本人は下記のような特徴を持っている。

現代の日本人の特徴
1.「常識」という言葉に囚われ、思考停止している。
2. 新しい価値観、多様性は認めたがらない。
3. 常に他人と比較している。

このような特徴の中で、日本人の「結婚」は義務のように考える価値観が10年、20年で変わることは期待しないほうがいい。
 

では、具体的に独身の人が日本で堂々と生きて行くにはどうすれば良いのだろうか?
 

「独身」であることに、生きづらさを感じている人は、以下のことを参考にして欲しい。

周りがみんな結婚して焦っている人へ


日本で暮らしていると、自然と周りに合わせないと行けないような焦燥感に駆られるが、それは日本の教育による洗脳と言っていい。
 

人と違うことは確かに勇気がいる。
 

しかし、周りの生き方に合わせるために、必死に婚活する生き方はどうだろうか?
 

結婚とはあくまでも手段であって目的ではない。
 


 

いくつになっても恋愛をしていいはずだし、いくつになっても結婚していいはずだ。
 

「〜歳までに結婚しなければ負け組」等の決まり文句は、物事の本質が見えないマスメディアとお金儲けをしたい婚活業界とそれを盲目的に信じるその他大勢の幻想にすぎない。
 

確かに子供が欲しい女性であれば、出産でのタイムリミットは存在する。しかし、周囲と合わせるための結婚はナンセンス以外の何物でもない。
 

何のための結婚か? 
 

その答えに「自分と結ばれたい相手」以外の第三者が存在するならば、よく考える必要があるだろう。

既婚者に嫉妬を感じてしまう人へ


結婚に憧れがあり、自身が独身でいるなら、その嫉妬は自然なことだ。
 

理想とする自分を別の人が既に手に入れている。その事実に「羨ましい」と思うのは人として、ごく自然な感情だし、その嫉妬をエネルギーに変えて、良い縁があるように努力するだけでいい。
 

ただし、忘れて欲しくないのが「既婚は独身より上」ではないということだ。
 

既婚と独身は優劣を付けられる者ではないし、そもそも「結婚」はブランド物でもステータスでもない。
 

「既婚は独身より上」という思い込みや洗脳で、ブランド物のバッグを欲しがるように、結婚を求めて嫉妬しているなら、それは結婚の本質を履き違えていると言わざる得ない。
 

良縁は運によるもの、授かりものと言ってもいい。
 

運命の人に会えるのは明日かもしれないし、10年後かもしれない。
 

いつ運命の人に出会っても良いように、その時まで自信を磨くことは忘れないでいたい。

既婚者のマウンティングが煩わしいと感じる人へ


日本人の中には「既婚は独身より上」という価値観で、独身者に対して優越感を持っているものがいる。
 

これが、独身者が日本で生きづらさを感じる大きな原因の1つだろう。
 

常に周囲と同じ歩みを求められ、それが当たり前の日本文化の中で育つと、人に褒められるという経験が圧倒的に不足し、満たされない承認欲求を抱えて悶々と生きている人間が多い。
 

そのため、他人との差異を見つけるとここぞとばかりに優越感に浸りにくるのだ。(もちろん、その逆パターンの劣等感の場合もある)
 

それらのマウンティングに一番良い対処法は「結婚してるお前の人生が羨ましい」と相手の承認欲求を満たしてあげることだ。
 

しかし、ここまで出来る心の余裕があれば良いが、そのドヤ顔に我慢ならない独身の人も大勢いるだろう。(自分は我慢ならないタイプだ)
 

そのような場合は、そういった人間とは一切関わらず、距離を置くのがベストだ。
 

そもそも、理性があり知的な大人はマウンティングなどはしない。犬や猿ではあるまいし、既婚というステータスを手に入れたぐらいでマウンティングをするような人間に大した者はいない。
 

「自分は結婚して幸せ。だから独身は不幸せでかわいそう」となる思考も浅はかだ。
 

例え、相手が学生時代からの古い付き合いでも、そのような行為をして来る人間とは断ち切きた方が良いだろう。
 

ついつい付き合いが長いとそれだけで貴重な関係と錯覚してしまうが、彼ら彼女らの承認欲求を満たすために自分の貴重な時間を使う必要はない。
 

彼ら彼女らの心理は、若い部下を捕まえて、昔の武勇伝を自慢したがる無能な上司と一緒だ。

「俺って(私って)すごいでしょ?」と。
 

自身の精神衛生上のためにも、またより高みを目指すためにも、人間関係の断捨離はとても重要なのだ。

独身が寂しいと感じる人へ


「寂しさ」というのは人の自然な感情で、誰もが持ちうるものだ。
 

何も恥ずかしいことではない。
 

独身ならではの「寂しさ」もあるが、覚えておきたいのが、寂しいと言う感情は独身のみが持ちうるものではないと言うことだ。
 

「寂しさ」を感じるのは、既婚でも同じで、パートナーと関係が冷え切っていたり、家庭内で問題を抱えていたり、誰にも相談できず子育てで悩んでいたりと様々なものがある。
 

もちろん、独身が寂しいと感じる人は、それを埋めてくれるようなパートナーを探すために、婚活に励むのも良いだろう。
 

しかし、良いパートナーに巡り会えるのは、運によるところも大きい。
 

ならば、並行して、自分の趣味や価値観が合う人を増やしていくのが効果的だ。インターネットがある今日、そのような仲間を見つけるのも容易い。
 

自分も日本を離れて、海外に来た当初は友達もほとんどいなかった。
 

それでも、国際交流のパーティーやお互いの言語を教え合う「ランゲージ エクスチェンジ(language exchange)」などがきっかけで心の拠り所となる場所がたくさんできた。
 

自分一人でそのような場所に飛び込んでいくには勇気は必要だし、必ずしも毎回、気が会う仲間と出会えるとは限らない。
 

しかし、婚活で一生涯のパートナーを探すより敷居はぐっと低い。
 

そうやって「自分の居場所」を増やしていけば、「寂しさ」を感じる暇などなくなるはずだ。
 

もしかしたら、今まで感じていた「寂しさ」はパートナーがいないからではなく、人と交わる機会がなくて、感じていた「寂しさ」だったと気づくかもしれない。

最後に

独身でいると、自分は「普通」のこともできない欠陥品と感じる人もいるかもしれない。
 

しかし、そんな風に思うことはない。それは日本人の盲目的な価値観が作り出している幻想にすぎないからだ。
 

「なぜ普通じゃなければいけないのか?」
 

そもそも「普通」とは何か?
 

その他大勢の価値観に流され、常に周りを気にして思考停止している日本人には答えられない質問だ。
 

欧米をはじめ、他のアジアの国々の若い世代の間では、独身でも堂々と自分の人生を生きているし、それに対して見下すような人間もいない。決められた生き方もルールもない。
 

日本と同じアジアの国々、少なくとも自分が住んだことのある中国、香港、台湾、シンガポールの若者達はそうだった。
 

日本人はいつまで他人が決めた人生を生きる?
 

「独身は負け組」「女の幸せは結婚」「自分のパートナーは一流企業に勤めている」

これらは日本にいるとよく耳にする言葉だ。
 

もし世界の人たちが、こんな言葉を聞いたらこう思うだろう。
 

「で?そう言うあなた自身は何が出来るの?」
 

自分の生きがいを他人に求めるような時代はとっくに終わっているのだ。
 


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